LEN KAWAHARA OFFICIAL WEBSITE 河原れん オフィシャルウェブサイト

Achi-Cochi


パリとパリ

2014.11.13

写真  雑誌『フィガロ』のパリ特集は、なんでも毎回これだけは絶対に売れるという鉄板のテーマらしい。書店では発売日当日に売り切れなんてこともあるらしいし、世界観光機関によればパリは年間の外国人旅行者数第一位で、言ってみれば世界一旅人に愛される街――がパリとも言える。

 では、パリのどんなところが好きなのか。これをフィガロ風に答えると、おそらくこんなふうになる。
 セーヌ川が流れているから。いつもカフェがあるから。エッフェル塔が見えるから。恋人たちの街だから。そう、私たち、パリに恋してる!
 わたしもフィガロ愛読者なので、こんないかにも乙女なキャッチだって受け入れられなくはない。たしかにセーヌ川は流れてるし、カフェもエッフェル塔もあるし、(犬のフンがそこかしこに落ちているけど)石畳は味があるし、(ホテルはだいたい古くて狭いけど)それもパリの歴史を考えれば頷けるというもの。お高くとまってるイメージのフランス人だって最近はずいぶんフレンドリーになったし、さすがは観光都市、「花の街」なのである。
 でもね、ちょっと待ってよ。パリってホントにそんな、絵に描いたような街??
 もちろんわたしだってパリがキライなわけじゃない。むしろ好き。相当好き!パリに行くと必ず不動産屋のウィンドウを覗いて、「あら、この部屋いいわぁ」なんてパリ暮らしを夢想してしまうくらい好きなんだけど……わたしの長い旅人人生の中で、手痛い目にあったのは、じつはパリだったりするのだ。

写真  そう。あれは、十九のころ。はじめてのパリに、ひとりで向かった。凱旋門を目指してシャンゼリゼ通りをそぞろ歩く。どこからか聞こえるギターの音色。ふとひと息つきたくなって、通り沿いのカフェへ。コーヒーを注文し「お手洗いはどこ?」なんて片言のフランス語で訊いて、地下のトイレを教えてもらう。古めかしい螺旋階段を降り、チップを入れるブリキの缶に1フラン(当時はまだフランだった!)を差し入れ、「マダム」マークのドアを開ける……と、突然、だれかに手を引っ張られた。
「ギャーーー!!」なにがなんだかわからないうちに連れこまれた暗い部屋。わずかな光をたよりにその顔を凝視してみれば、それはさっきオーダーを取ったウェイターではないか!「オ!#$%$”%ニョ&’()%##”!”!*`’$ダーッ!」とっさに意味不明な日本語を叫び、できうるかぎりの威嚇をする。すると相手も不可解なフランス語で返してくるが、そんなのわたしにわかるわけがない。とにかく渾身の力をこめて手を振りほどき「離せ、このヤロー!」と、そこだけははっきりした日本語で叫んで、無我夢中で店から逃げた。
 怖かったなぁ……十九歳。本当にあった怖い話。

写真  そんなのたまたまだと思うでしょ? でも、パリでは結構よくある話なのだ。俳優のSTさんなんてギャングだかマフィアだかに拉致されて、リアル墓穴を掘らされたと聞くし、スリの被害なんてしょっちゅうだし。
 そういえば今年の夏に行ったときも、ホテルでクレジットカードをスキミングされた。一見サービスのいいホテルで、対応もよかったのだけれど、オーナーの顔を見たとき、なにやら怪しい感じがしたのだ。口は笑ってるんだけど、目が笑ってない。だから、被害に気づいたときはむしろ「やっぱりな」という気持ちのほうが強かった。

 セーヌ川は流れてる。食べ物だって、当たればおいしい。もちろん本当に親切なひともいるし、蚤の市からブランドショップまで、パリは買い物好きにはたまらないショッピング天国だ。でも……。
 美しい石畳に犬のフンが散らばっているように、けっして綺麗なだけではないのがパリなのだとわたしは思う。
 Marcher du pied gauche sur une crotte de chien.
 「犬のフンを右足で踏む」と幸運がある――フランスにはそんな言い伝えがあるけれど、右だろうが左だろうがフンはフン。イヤなものはイヤである。
 街の美しさに気を取られて痛い目にあうことのないよう、十分注意を払ったうえで恋する街、フィガロ的なパリを満喫してほしい。