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Achi-Cochi


6月の桜 プーケットにて

2015.06.23

写真  前話より、「桜」のつづき――。
日本の春を彩る代名詞といえば、言わずもがな美しい薄紅色の花を咲かせる桜である。どこまでもつづく、薄紅の並木道――。忙しさにかまけて、花見をしそこなったりすると、それこそ「今年は春を楽しみ忘れたな」なんて気にもさせられる。桜が満開の、あの可憐な花を咲かせるのはほんの一瞬だから、そのひとときがいとおしい。桜は、その一瞬、通りをピンクに染めて、散っていく。

 さてひとくちに桜と言っても種類はさまざまだが、その代表種といえばやはり「ソメイヨシノ」であろう。日本の桜といえば、もちろん好みはあるだろうが、数からいっても、また「開花宣言」などといわれることからしても、ソメイヨシノが総本家である。

 そのソメイヨシノ。もとはたった一本の樹だったことをご存知だろうか。桜の本家ソメイヨシノにも、さかのぼってみれば本物の、たった一本の本家本元があったのである。


写真  ときは江戸時代。ソメイヨシノは、江戸彼岸と大島桜の交配によって生まれた。なぜ生まれたのか、誰がつくったのかは知らないが、このたった一本の桜の雑種が挿し木され、しだいに日本全国へと広がっていった。つまり、わたしたちが見ているソメイヨシノは本家の子孫ではなく、いわばクローンと呼べるもの。おなじ遺伝子をもつクローン桜たちがずらり並んでいるのである。だから、まるで揃えたようにいっせいに花を咲かせることができる。
 そうして道行く人々の目を毎年潤すのであるが、花の立場になってみれば、それはさながらグランドフィナーレといったところ。桜は、じつは、その一年前の6月頃に花の準備をはじめるのだ。

 花見の客もいなくなり忘れ去られてしまった頃、桜はひそかに翌年の用意をはじめる。青葉を茂らせ、せっせと光合成して細胞分裂を繰り返し、芽の先のいくつかを分化させて、翌年花を咲かせる花芽に変える。それが終わったら、成長を止め、休眠に入る。じーっと待ち、夏の暑さを数え、冬の寒さに耐え、そして年が明け、いよいよ皆さんにお披露 できる春が来たとき、ようやく蕾を膨らませる。つまり桜にとっては、この、一年の真ん中あたりでいったん休むことが重要なのである。

写真  前置きが長くなったが、今回の旅ネタはプーケットであった。6月のとある週、プライベートの旅先に、わたしはかねてから行きたいと思っていたプーケットを選んだ。
 タイ南部、アンダマン海に面する洋上の島。エメラルドの海と白い砂浜の美しさから「アンダマンの真珠」などと讃えられる。――のだが、わたし自身はまったくビーチに行っていないので、実のところよくわからない。正直に言うと、海どころかホテルから一歩も出ず、ひたすら「食っちゃ寝」を繰り返しているので、景色が綺麗なことと食べ物が美味しいことくらいしか得るところがなかった。プーケットについて、だから語るところがほとんどない……ため、今回は桜の話とさせてもらった。
 休みたいなら休みなさいと、きっと桜は言っている。
 だから全身で休めばよい。ケータイを放り投げ、パソコンもちゃんと家に置いてきてぐぅたらぐぅたらしていると、自然から学ぶこともあるのさと、いささかこじつけがましくはあるが、そんなふうに感じられる余裕が心にできるものなのである。傍目にはだらだらとしているように見えるかもしれないが、わたしは今、 6月の桜のようにひそかに来年の準備をしているのである。たぶん。